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「ティーファー!」





夜。子ども部屋のシーツと布団をセットし終えて一息ついていたところに、一階から聞こえてきたどこか機嫌のマリンのいい声。





「? はーい!」




とりあえず返事だけして子ども部屋を後にする。声色から察して緊急事態ではなさそうだけれど、今すぐ来て欲しそうなことに変わりなかったから、ちょっと慌てて階段を降りる。


一階に降りてすぐ視界に入ったのは、お店のカウンターに置いてある電話にかじりつくようにして身を寄せ合う、マリンとデンゼルの姿だった。




「それでね、それでね…」

「あ! マリン、ティファが降りてきた」

「あ、ほんとだ! クラウド、ティファが来たから代わるね!」



(クラウド?)



私に気づいた二人が、嬉しそうに電話を差し出す。マリンから聞こえてきた名前に胸が高鳴り始めたことに気付きつつ、私は平然を装って受話器を受け取り二人にお礼を言った。


こんな時間にクラウドが電話、なんて。


二人のきらきらした視線に見守られながら受話器を耳に当てる。

どきどきしている胸を手で押さえ、私はそっとその名前を呼んだ。



「…クラウド?」

『あ…、ティファ』

「クラウド」



聞こえてきた穏やかな声に、心の中がぱぁと明るくなる。声を聞いただけで、仕事の疲れも忘れてしまいそうな。


受話器を持ち直して、できるだけぎゅっと耳に当てる。もう一度名前を呼び直せば、うん、とだけ優しい声が返ってきた。



「珍しいね、どうしたの?」

『いや…、特に何もないんだが……。…店は?』

「もう閉めたよ。子どもたちと寝る準備してたところ」

『そうか…夜遅くに悪かった』

「ふふ…なんで謝るの、家族でしょ」



(…特に何もないのに、電話くれたんだ)




子どもたちが両隣でにやにやしていることに気がつきつつ、私も緩んだ頬を元に戻すほどの余裕がなくて、恥を忍んで破顔を続ける。だって嬉しいんだもの。滅多に電話なんてかけてこないクラウドが、用事もないのにかけてくれたことが…嬉しくないわけないもの。


目のやり場に困って、ちらりと時計を見る。

時刻はまもなく十一時。きっとクラウドも、今日の配達のお仕事が終わった頃。




「…クラウドも、お仕事終わり?」

『うん、さっき』

「お疲れ様。…今日も忙しかった?」

『まあまあ、だな。…そっちは? 変わったことはないか』

「大丈夫、いつも通りだよ」

『よかった』



(……よかった)



クラウドの方も変わりなさそう。彼が長期の配達に出かけてからもう一週間は経つ。

たった一週間、されど一週間。寂しいものは寂しいし、クラウドがいくら強くたって心配なものは心配だし……会いたい気持ちは、なくなるどころか増える一方。



これ以上だらしない顔にならないよう、緩んでいく頬を一生懸命抑えていると、しばらく黙っていたクラウドが私の名前を呼んだ。



『……ティファ』

「ん?」

『…。……その…』

「?」



何かいいたげに口籠る。彼のくれる言葉を聞き逃さないように、私もしっかり耳を立てる。



『……24日』

「え?」

『…24日は、仕事、だよな』

「あ……」



緊張しているように聞こえる声色と日付から、彼が何を確認しようとしているのかを察する。

24日って、つまり。



「…うん、普通にお店開けてるよ。でも…」

『?』

「あのね、その日、バレットも帰ってきてて……子どもたち、ゴールドソーサーに泊まりで連れて行ってもらうことになってるんだ」

『ゴールドソーサー? ……ティファはいかないのか』

「私は、ほら…もう、お店の予約入っちゃってて。多分遅くまで忙しいから、バレットに二人をお願いしたの」



24日、聖夜祭。大切な人たちと一緒に過ごすための、言葉通り聖なる夜。


そんな日にお店が忙しくないわけもなく……子どもたちを巻き込んでしまうのもどうかと思い、たまたま帰ると言っていたバレットに二人をお願いをすることになっていた。最初は躊躇したけれど、彼は誰よりも嬉しそうに旅程を立ててくれている。……その証拠に、頻繁に電話がかかってくる。



(それに…)



私は、きっと、心のどこかでほんの少しの期待をしていた。この聖なる夜を、クラウドと一緒に過ごせることを……密かに、夢見ていた。




(……まさか、ほんとに?)




「……クラウドは?」

『ん?』

「この日も……忙しい、よね」




直接帰ってくるかどうか訊くのが怖くて、遠回しに質問をする。心臓が違う意味でどきどきしているのがわかる。

電話先のクラウドは、まるで私の言いたいことを察してくれたかのように、とても優しい声で返事をくれた。





『…そのことなんだが』

「う…うん」

『多分、帰れる』

「…、ほんとに?」

『うん。……夜になるけど…間に合うと思う。24日中に』

「…大丈夫? 仕事、無理してない?」

『大丈夫だ。最後の配達先がエッジになるように調整しておいたから、何かない限りは戻れるよ』

「……」



(……どうしよう。…嬉しい)



今度こそ遠慮なく、思い切り笑顔になってしまう。受話器の向こうのクラウドにまで伝わってしまうんじゃないかと思うぐらい、頬を緩める。隣にいる子どもたちが私を見て何かを察したのか、同じようににやにやと笑って見せた。


会える。クラウドが帰ってくる。それも……聖夜祭の日に。



「……」

『…ティファ?』

「あっ…ご、ごめん。…嬉しくて固まっちゃってた」

『あ……。…よかった、そう言ってもらえて』

「う、うん……」

『……』

「……クラウド、あの…」

『…うん?』

「……ううん。…気をつけて帰ってきて」

『ああ。……ティファも、何かあったらいつでも連絡してくれ』

「うん、そうする」



優しい言葉に頬を緩めっぱなしにしていると、マリンが私の顔を覗き込んできた。……おませさんめ。



「ティファ」



そうやってふわふわした世界に入り込んでいるとき、デンゼルが私を呼ぶ。それから私の耳元にある受話器に向かって手を伸ばす。……いけない。クラウドを独り占めしてしまっていた。会いたい気持ちはこの子達も変わりないのに。


ごめんね、とだけ口の動きで返してから、私は元の世界に戻るためにクラウドに挨拶をする。



「クラウド」

『?』

「子どもたちも話したがってるから、代わるね」

『ああ』

「……おやすみなさい」

『うん。……おやすみ、ティファ』



最後に聞こえた、何より嬉しい「おやすみ」を心の中にしまってから受話器を離す。それをデンゼルに手渡せば、デンゼルはマリンと一緒になって、ものすごい勢いでクラウドにおしゃべりを始めた。……マリンがなぜかこそこそ声で「ティファが寂しがってる」とか「早く帰ってこないとだめ」だとか、かわいい説教をしてくれているのに、ついつい甘えて嬉しく思う。



(……なんというか)



幸せ、だ。あたたかい家族の光景をとても微笑ましく見つめながら、そんなことをじんわりと感じる。離れていてもこうして、家族で一緒の時間を持つことができている今を、尊く感じる。



数日後にやってくる聖夜に思いを馳せ、私は大きく深呼吸をした。

胸の中は、クラウドがくれたものでいっぱいだった。



光 心の中に灯ったそれは


(そばにいるよと、いつも私を照らし出す)




To be continued ...


 

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