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お店は想像以上に大繁盛だった。



普段より家族で来てくれる人が多く、店内は笑顔で溢れ、柔らかい空気に包まれていた。

目が回っちゃうぐらい忙しかったけれど、お客さんたちが注文を待ってくれたり気を遣ってくれたおかげでなんとか回すことができた。情けないことでもあるけれど……こういうとき、人のくれる優しさをとても嬉しく、ありがたく感じる。






「本当にありがとう。ごちそうさまでした」

「こちらこそ…ありがとうございます。いい夜を」



夜、十一時過ぎ。

最後の家族連れのお客さんをお店の入り口まで見送り、お礼を貰い、お礼を言う。家に帰ったら早く寝ようね、とお母さんに優しく話しかけられるお子さんを見て、デンゼルとマリンのことを思い出す。






「……」



その家族の背中を見送ってから、ついでに私もちょっとだけ外に出て街の様子を確認する。


いつもより賑やかな夜のエッジは、日付が変わろうとしているのにまだその灯が消える気配がない。耳をすませばどこからか人々の楽しげな声も風に乗ってここまで渡ってくる。


だけど……聞き慣れたバイクの音は、耳に入ってきそうもない。




(……やっぱり、遅いなあ)




ふと寂しくなって、首を横にふる。看板をしまいながらお店の中に戻る。


一人戻った店内は、さっきまでの反動で驚くほど静かに感じた。特に今晩は子どもたちもいないから、余計。

虚しさのようなものを感じつつ後片付けをするためキッチンまで歩く。……これ以上、彼のことを考え始めたらきりがないから。



「…よし」



気合いをいれるためにつぶやく。今日はお店を回すことを最優先に洗い物をさぼってしまったから、かなりの大仕事になりそう。


そうやって、もう一踏ん張りと自分に喝を入れ、キッチンに戻ろうとしたとき。




(……あ)




ふと目に留まった、お店用に引いてある電話の子機。この間クラウドから電話がかかってきたときに使ったもの。

なんとなくそれを手に取って、電話が入っていないかを確認する。……案の定、着信があった履歴は残っていない。




(…あるわけないか)




小さくため息をついて、苦笑い。そろそろ本当に、いい加減割り切らないと。わざわざクラウドがメールを送ってまで、今日は難しいことを教えてくれたんだから、きっともう……。



(………)



そこまで考えて思い出す。自分の部屋にもう一つの電話が、携帯があることを。


そういえば携帯、お昼から一度も確認してない。最後に見たのはメールの返事をしたときだ。

そう、返事。今日のことを教えてくれたクラウドの……。



(……)



ひょっとすると…もしかして。



「……、」



顔を、あげる。根拠なんて何もないのに、期待と不安を胸に、キッチンに向けていた足を自室へと向けて動かす。


早る気持ちで階段をかけ上がる。子どもたちに階段では走らないよう注意している私自身が、思い切りルールを破る。


その勢いのまま閉じかけていた扉を開け、自分の部屋に入り……私は、ベッドの上に放置されていた携帯を慌てて手にとった。





「……あ…」



心のどこかで待っていたその名前は……電源をつけるとすぐ、画面に浮かび上がってきた。



(……クラウドだ、)



画面に表示された、クラウドからの留守電を知らせるメッセージ。どうやらお店の営業中に留守電を残してくれていたらしい。


あったらいいなと思っていたことが現実にある喜びについ一人笑みをこぼしながら、慌ててその名前を選択する。残されているメッセージを聞くために、携帯を耳に当てる。



嬉しいのか切ないのか走ったせいなのか……胸は、苦しい。





『……あ、ティファ。…おつかれ』



(…クラウド)



携帯の中で待っていてくれたその声は、穏やかで、優しいものだった。



『ごめん……店に電話をかけたら仕事の邪魔になるかと思って、こっちに留守電を残した』



一言一句聞き逃さないように、直接聞きたくて仕方のないその声に意識を集中させる。

電話の中の「過去の」クラウドは、淡々とここにメッセージを残してくれていた。



『今、エッジに戻ってはきたんだが……ここでの配達がかなり残っていてまだそっちに戻れそうにない。……最後は近くの孤児院だから、朝まで帰れないなんてことはないと思うが……疲れてるだろうし遅いから、先に寝ててくれて構わない』



「……」



クラウドらしい優しさ。だけど「待たなくていい」と言われているような気がしてつい、寂しさに俯く。


そうだよね。何時になるかわからないもんね。夜中……ずっと待たれても困っちゃうよね。

一緒に住んでいることには変わりないし、明日の朝会えばいい話だもの。……無理して今日にこだわらなくたって、本当は。



(………しょうがない、か)



留守電に心が踊ったのも束の間。すぐに一人、何かを諦め落ち込みかけていたとき。



『…………ごめんな…ティファ』



(…え、)



クラウドが静かに、私の名前を呼ぶ。その声はとても寂しそうに聞こえた。



『…本当は、今日中にちゃんと帰れたらと思ってたんだが……結局また、遅くなってしまう。……俺も懲りない』



誰も見てやしないのに、一人でぶんぶんと首を横に振る。

いいんだよ、そんなの。クラウドが謝ることじゃない。仕方ないことだってあるんだから。


でもそうやって、優しすぎるその人の言葉に胸を痛めていると。



『……だけど、……ティファ』



絞り出すようなクラウドの声が……私のところに届けられる。




『……もし、わがままを言うことが許されるなら……できることなら…』


「……」


『……やっぱり、……ティファに会いたい』




(え……)




その……思いがけない願いのすぐ後に切れる、電話。

ツーツーと響く、留守電の終わりを告げる電子音。




「……」




(……クラウド、今…)





貰えるとは思ってもいなかった言葉にしばらくぼうっとする。胸の奥から、あつくなる。


だけどその無機質な音に誘導されるように、私は慌てて留守電が入った時間を確認した。



(…10時)



ぱっと顔をあげ、壁にかかっている時計を見る。11時半。


クラウドが電話をくれてから1時間半。


今日が終わるまで……あと、30分。




「……っ、」



気づいたとき私はすでに、携帯を片手に階段を駆け降りはじめていた。


迷うことなく思い切りお店の玄関を開けて、灯りさえもそのままに飛び出す。再び、真夜中の街の中へと躍り出る。




『最後は近くの孤児院だから……』




(…孤児院は確か、)



走りだす方向を決めて大きく一歩を踏み出す。

走る。腕を振って、脚を伸ばして。その勢いは、すれ違った人が驚いて私の方を振り返るほど。




(…クラウド)




ただまっすぐ、前を向いて走りながら、心の中で名前を呼ぶ。


その場所に行ったって、あなたがいるかもわからない。そもそも今どこにいるのかさえ私は知らない。

こうして外に出るせいでむしろ、すれ違ってしまうかもしれない。ひょっとしたら今、私は無駄な悪あがきをしているのかもしれない。



だけど……悩んで考えて立ち止まっている余裕は、私にはなかった。もうじっとなんてしていられなかった。


ずっと考えない様にしてきた気持ちが呼び起こされてしまったから。

……知らないふりはもう、できないから。




(…クラウド)




ねえ、もし……願うことが許されるなら。

叶うのなら、私も。私も、今すぐ……クラウドに。




(……会いたい)










いつもより賑やかなエッジの街を、フェンリルで駆ける。もともと夜中も騒がしい街ではあるが、今夜はどこを走っていても浮かれ気分の人々とすれ違う気がする。



それは、家に戻る前に荷物を届けた孤児院も同じで、中からこの時間眠っているはずの子どもたちの楽しげな声が聞こえてきた。裏口から荷物をこっそり受け取った職員は、夜更かしは今晩だけだと笑い、続けた。



「今夜寝かしつけた後、枕元に運んでいただいたプレゼントを置くんですよ」



そんな重大な役目を担っていたのかと思いながら、適当に返事を返す。

喜んでくれるといいなと言葉をかけると、職員は何度もうなずいていた。



「あなたにとっても、いい夜になりますように」



そして……今晩何度貰ったかわからない言葉を、荷物の代わりに、俺に預けた。



「ありがとう、配達屋さん」













「……」




随分と走り慣れた道を走る。灯りが点る多くの家々の間を通り抜けていく。



さっきフェンリルに乗る前に時間を確認したら、まだ日付が変わる少し前だった。当初より遅くなったものの、ぎりぎりティファとの約束に間に合うかもしれないと思うと、気持ちばかり焦ってしまう。




(…ティファ)




仕事は終わっただろうか。もう、眠っているだろうか。

何もトラブルはなかっただろうか。……一人で困ったり、してないだろうか。


最後にティファをこの目に映してから、もう二週間以上が経っていた。

長期の出張に出る度に思う。遠出はこれっきりにしようと。離れている間もティファの心配ばかりしてしまうから。……会いたいとばかり、考えてしまうから。


どれだけ疲れがたまっていても、やりきれないことがあっても、ティファの顔を見るだけでいつも、悪い感情は吹き飛ぶ。ティファの声を聞いて、笑っている顔を見て、触れることを赦される度に、俺はひとつずつ温もりを思い出す。


これはティファにしか使えない魔法のようなものだと、真剣に思う。

ティファは、光そのものだから。そばにいるだけであたたかく、見えないはずの心の奥底まで優しく照らしてくれる。



(…そうだ)



ふと、なくさないように肌身離さずしまってある…ティファへの贈り物のことを思い出す。


きっと俺はこれを、ティファに似合いそうだという理由だけで、ティファに喜んで欲しいという理由だけで選んだんじゃない。


ティファに、似ていると思ったからだ。

たとえ夜の闇の中でもあたたかい光を纏ってみせる……大丈夫だと、手を引いて導いてくれる、大切な、あの人に。










「……」




想いを寄せているうちに、次第に見えてくる帰りたくて仕方のなかった家。


ようやくかと、心の中でほっと一息をついたのも束の間……俺はある違和感を覚えた。




(……灯り?)




視界に入ったのは、まだ温かい色の灯りが点ったままのセブンスヘブン。いくら聖夜で客が多かっただろうとはいえ、こんな日付が変わる直前まで営業することはないはずだ。



(…ティファ?)



確かな違和感を覚えながら、店の前にフェンリルをつける。耳を澄ましても店の中からは全く物音がしない。それに閉店のプレートはちゃんと扉の前に出ている。



(……消し忘れか)



フェンリルを降り、一呼吸入れる。そして一人首を傾げていたとき。




「よお配達屋、こんな日に喧嘩か?」




ふと背後から聞こえた、聞き慣れない男の声。

なんの話だと思いながら振り返ると、酒を飲んでいるのか上機嫌な男がこっちを見ていた。記憶に間違いがなければ近所に住んでいる店の常連のはずだ。



「…喧嘩?」



なんでこんな時間に一人で飲んでるんだとか、どうして閉店後に店の前にいるんだとか色々と突っ込みたいところはあったが、時間を節約するために引っかかった言葉だけ尋ね返す。


男はへらへらと笑いながら話を続けた。



「聖なる夜に、ばちあたりな男だなあ」

「…だから何の話だ」

「何って……ティファちゃんのことに決まってるだろ」

「ティファ? ティファがどうした」



できればこの男の口からは聞きたくなかった名前を聞いて、つい前のめりになる。

どくんと、体の中がざわつく。



「どうしたってあんた、オレが聞きた…」

「いいから教えろ、ティファがどうした」

「いや…だから、さっきすごい勢いで走って行っただろ」

「どっちだ」

「え…」

「どっちに行った」

「あ…あっちだけど」



男が指さしたのは、俺がついさっき配達を終えた孤児院がある方角。どうして、と思うのと同時に、留守電でティファに「家に帰る前に寄る場所」として孤児院を伝えたことを思い出す。



(まさか……あれを聞いて)



色々深く考える前に、フェンリルを置いてその方向に走るため地面を蹴る。さっきまで、この街の雰囲気と同様に浮かれ始めていた気分はすっかり消えて、不安だけに包まれる。




どうしてすれ違わなかったのか、なんで気づけなかったのか……そもそもティファに場所を伝えてしまったことまで遡って後悔しながら走る。聖夜だろうがなんだろうが、こんな真夜中に一人で、たった一人で街をうろついて安全なわけがない。



これでもし、ティファに何かあったら。

約束を守れないだけでは済まず、取り返しのつかないことが起こってしまったら……俺は。




(ティファ)




「……っ、」




脳裏に浮かんだ笑顔を想って、俺はただ全速力で足を動かした。


何もいらなかった。

ティファがいてくれるなら、他はもう、なんだってよかった。




光 闇夜さえ包み込む


(僕にとって 唯一無二の灯)




To be continued ...


 

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