あれから街を転々としながら依頼をこなしていくうちに、時間はあっという間に過ぎた。
予定していた数以上の依頼があったものの、なんとかこなして迎えた24日。朝、俺の手元にはエッジ宛ての荷物が数点残っているのみとなっていた。
今日が特別な日だということを知ってから、普段はあまりこない類の依頼……例えば、家族から家族に宛てた贈り物なんかの多さに気づくようになった。いつもより個人の客が多い分、依頼も多い。誰かのために贈り物をしたいと思う人は……俺が思っている以上に、この世界に溢れていた。
(……日暮れまでに帰れば、間に合うか)
予定していた最後の荷物を受け取り、フェンリルに跨りながらこのあとの段取りを考える。今日はなんとしてでも戻らなければいけない。あまり遅くならないうちに、家へ……ティファのところへ。
「……」
見失わないようにしまってあるピアスのことを思い出し、包みに手で触れて確認する。
できればこれは今日中に渡したい。今日を逃せば何かが起こるというわけではないが……贈り物が奨励されている、今日という日に渡すことに意味があるんだろう。
というのも、普段から……お互い忙しいせいで、俺たちは二人で過ごす時間を満足にとれていない。本当はもっとそばにいたいし、同じ時間を一緒に過ごせればと思うけれど、なかなか世の中は甘くない。朝起きれば仕事はあるし、仕事がないと生きてはいけない。
だからこういう日は、自分のような口下手な人間にとっては特に、ティファを大切に想っていることを伝えられる大事な機会なのかもしれないと……真心のこもったたくさんの贈り物を運ぶうちに、思うようになった。
伝えたい言葉は、まだ山ほどあるから。知っていて欲しい想いも……たくさん、あるから。
(……ティファ)
そうやって、彼女のことを考えていたときだった。
遠くの方でこちらを呼ぶような声がしたのは。
「おーいにいちゃん!」
俯いていた顔をあげ声がした方に目をやると、そこには急いで駆け寄ってくる男が二人いた。一人は昨日配達の荷物を届けた男、もう一人は見知らぬ年配の男。
「……?」
俺の元に辿り着いた男たちが、肩で息をしながらやけに慌てた様子で話し始める。
なんとなく嫌な予感を覚えつつ、面倒でないようにと願いながらとりあえず耳を傾ける。
「ちょ…っ、ちょっと待っておくれ」
「…なんだ」
「っ…聞いたよあんた、これからエッジに戻るんだって?」
「……」
「すまねえ兄ちゃん、昨日聞いたことこのおっさんに話しちまった」
「別に構わないが……」
どうやら俺が配達先でした世間話を、この年配の男が何かの機会に知ったらしい。
やけに焦っているように見えるその男は、俺の腕を掴むなり懇願した。
「…っ、なあ、依頼ってのはこれからでも間に合うかい?」
「……、悪いが今日は…」
「頼む! どうしても…どうしても頼みたいものがあるんだ」
「……」
「帰り道によ、ちょっと隣町に寄って、ある荷物を受け取って欲しいんだ。それをエッジまで頼めねえかい」
まだ何も返事をしていないのに依頼内容を話し始める男を見て、どうしたものかと思い黙っていたら、一緒にやってきた男がフォローをするように口を挟む。
「このじいさん、エッジに孫がいるんだよ」
「…孫?」
「おう、でもここからかなり遠いだろ? 仕事もあって生まれてから一度も会えてねえんだって」
「……」
「でもよ、こうして今日あんたが偶然この街にいて、しかも聖夜祭当日と来たもんだからよ…」
(…なるほど)
それでこんなに慌てているのかと合点がいく。改めて年配の男を見れば、男は必死の形相で俺を見つめていた。
「何も……何もできてないんだ、孫に。だからせめて今日、贈り物ぐらいしてやりたいんだよ」
「……」
「頼む、にいちゃんにも色々事情があるんだろうが……頼む…」
(……参ったな)
さっき男は、荷物は隣町にあるといった。隣町と言ってもここからはかなりの距離があるし、あいにく帰り道とは逆の方向だからタイムロスになるのは間違いない。今、この依頼を受ければ、エッジへの戻りがかなり遅くなるのは確実だ。下手をすれば今日中に戻れないかもしれない。戻れたとしても全ての配達を終えられている気がしない。
断れば、間に合う。でも、断ればこいつは…。
「……」
ふと脳裏に浮かぶティファの笑顔。
ずっと、その笑顔に会いたくて……ティファを笑顔にしたくて、今日まで仕事をこなしてきたつもりだった。だから、本能に従えば何を優先すべきかは明らかだ。
でも……こいつを切り捨てた自分のことを、俺は後悔しないだろうか。自分のことだけを考えた自分で、俺はティファに会えるだろうか。
(…………仕方ない)
「……宛名は?」
「い…、いいのかい、にいちゃん!」
「…ここに書いてくれ。……で、その荷物はもう手配してあるのか?」
「これからすぐに手配する。にいちゃんが隣町に着く頃手渡せるようにする。代金は今払う」
「…わかった。引き受ける」
「ああ……、ありがとう、ありがとう!」
「別に…。仕事だ」
(……すまない、ティファ)
新たに書き込まれる宛名と、年甲斐なく両手をあげて喜んでいる男たちを複雑な目で見ながら、ため息をつく。
何の気無しに見上げた空は、たくさんの雲に覆われていた。エッジの方はどうだろうかと、遠い地のことを考えた。

いい天気だなあと、雲や音がひとつもない青空を、部屋の中から見上げて思った。
小さく息をついたあと、手にしていた携帯を部屋のベッドの上に置く。お店が忙しくてなかなか見る機会がないから、いつも携帯はこのまま自室に置きっぱなしにしてしまう。
部屋を出て、階段を降りる。一階から聞こえてくる、賑やかな子どもたちとバレットの声。
ずっと前から楽しみにしてたもんね。明るい彼らの声を聞きながらこっそり微笑む。……微笑んで、落ち込んでしまっている気持ちを誤魔化す。
「…あ、ティファ!」
「あれ、もう準備できたの?」
一階に降りると、ゴールドソーサーへの御一行はもう、お店の玄関で出発前の持ち物確認をしているところだった。私が、ついさっき携帯に届いていたメールに気をとられているうちに、あっという間に支度をしてしまったらしい。
「あのね、今日のホテルね、お化けが出るんだって! とーちゃんが教えてくれた!」
「お化けなんていないよ……ねえティファ?」
「お? それならデンゼルの坊主は別の部屋にしてやろうか?」
「い、いやだそんなの!」
「がははは、冗談だ冗談」
「ふふ…」
お化けのホテルか、懐かしいなあ。何年か前みんなで泊まったときのことを思い出して笑っていると、マリンに顔を覗き込まれる。
「ねえティファ、ほんとにいいの?」
「え?」
「一緒に来なくていい? 寂しくない?」
「うん、平気。私の分までいっぱい遊んできてね」
「クラウドの奴はちゃんと帰ってくんのかよ?」
「大丈夫。それは心配しないで」
(…大丈夫、かあ)
自分で言っておきながらなんとなく切なくなった。脳裏に…そのクラウドから届いていたメールの文面が一言一句残さず蘇るけれど、考えるのはひとまず中断しよう。
バレットは私の様子を確認してから、大きくうなずいて見せた。そして勢いよく玄関を開けて、外に歩いて行く。子どもたちもそれに続く。
「じゃあねティファ、いってきます!」
「いってらっしゃい」
どんどん進んでいくバレット、何度もこちらを振り返りながら手を振ってくれるマリン、一度だけ控えめに振ってくれたデンゼル。家族が、今日一日楽しい時間を過ごせますようにと願いながら、その背中を見送る。
「…………ふう」
みんなが角を曲がって姿が見えなくなったのを確認してから、そっと玄関を閉じる。
それから私はようやく……大きな大きなため息をついた。
携帯に届いていた一通のメールに気づいたのはお昼過ぎ。
今晩のパーティーの飾りつけをする最中、少し休憩しようと自室に戻っていたときだった。
宛名は、あの電話以降連絡が取れていなかったクラウド。電話はもちろんメールなんて全く使わない人だから、何かあったんだろうなと開封する前から予感はしていた。
だから……正直あまり、驚きはしなかった。そこに書かれていた「ごめん、今日中に帰れそうにない」という、慌てて書いて送ったような文面を目にしたときは。
「……」
引き続き、ひとりでお店の飾りつけを再開しながら心の中で再度ため息をつく。
ショックではない……といえば嘘になる。
聖夜祭のことなんて忘れてるだろうと思っていた彼の方から予定を訊かれて、正直舞い上がっていた。忙しいはずなのに、その日のうちに帰るとわざわざ連絡をくれたことが、本当に嬉しかった。だから家にひとりぼっちでも、お店が忙しくても頑張れそうだと思った。クラウドがいてくれるなら……クラウドが、帰ってきてくれるなら。
(……わかってたのになあ)
クラウドの仕事柄、予定変更はよくある。エッジをはじめとして、この世界は交通機関が整っていないから、クラウドみたいな強くて早い配達屋さんはとても重宝される。特にこの時期は、誰かに何かを贈りたい人でいっぱいのはずだ。優しい彼のことだからきっと、お願いされたらなかなか断れなかったりもするんだろう。昨日まで何も連絡がなかったことを考えると、今回も急な依頼が入ったのかもしれない。
割り切ってしまえればいいんだと思う。今日に間に合わなかったからといって何かが失われるわけじゃない。今日にこだわる必要は、私たちにはないのかもしれない。
それでも……それでも会いたいと思ってしまうのは、今夜が、大切な人と過ごすための特別な夜だから。その人のそばで過ごしなさいと、世界中があかりが灯して優しく包んでくれる日だから。
そんな夜を、普段から忙しいせいで、なかなかゆっくり一緒に時間を過ごせていない大切な人と……クラウドと過ごしたいと思うのはきっと、おかしなことじゃない。
(わがまま……かも、しれないけれど)
「……ふう。…よし」
気分を入れ替えるために大きく息をつく。いつまでも落ち込んでたら、お客さんまで楽しくない気分にさせてしまう。それにクラウドもきっと…今ごろお仕事を頑張ってる。一人でうじうじ下を向いていても仕方がない。
忙しい忙しいと、何かを紛らわせるようにつぶやいた。
賑やかになるだろう聖なる夜を待ちながら、心の中、ただ一人の安全を願った。
光 ただ繋がっていたいと
(僕らはそれに手を伸ばす)
To be continued ...
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